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(但し、完全オープンの掲示板であることを考慮して、一部内容を修正しました。)
その昔、教育学専攻時代には、研究室決定について、ある時期まで「ゼロの研究室を作らない」という教員側の取り決めがありました。僕が赴任する以前ですが、ある研究室がゼロになりそうということで担任が心を鬼にして自分の研究室を希望している学生を説得し、移動させた。そしたら、その頃は研究室決定の直後に行なわれていた追いコンで、担任はその期の学生の誰からも酒をついでもらえなかったそうです。
私が来てしばらくして、「ゼロもあり得る」という方針の歴史的転換が行なわれました。その後、何人かの先生の研究室が0人になったことがありました。しかしその頃は、1学年十数人の教育学専攻学生の中で、同期生を見渡してあまりかたまりすぎないように学生同士で自然に調整がなされているということも聞きました。学生十数名に対し当時教育学の教員は8人。平均すれば1研究室に1名か2名。だから一カ所に集中すれば、一方でゼロの研究室がいくつも出てきます。学生自身の選択なのだからそれは構わないというのが「建前」でしたが、教員から見たら、そしてまた当時の学生から見ても、一点集中は正常じゃないという判断ははたらいていたでしょう。
ただ上記のことは教育学専攻と教育心理学専攻が入学直後にはっきり分けられていた50期までの話。51期から学校教育と人間発達に学生組織が再編成され、同時に教育学と教育心理学という区分はなくなりました。この時期から教員数では少数の心理学系研究室に多くの学生が集中するというこれまでにない事態が起こりました。その中で、わが教育課程論研究室も52期生と53期生はゼロでした。院生がいたのでかろうじて研究室活動は継続していました。
現在の問題(もっとも「問題」だと思っていない人も多いのかもしれませんが)は、「上級生が多いから」とその研究室を敬遠して、上級生が相対的に少ない研究室に希望が集中しているのだとすれば、翌年はその研究室がもう1年下の学生から敬遠されて、同じことが繰り返されるのではないかということです。
いや、それは現象面のことでね、より本質的には「そもそも研究室選びとは何なのか?」ということです。我々が研究の専門性や研究室のカラーなどについてパンフレットで情報提供していることに果たして意味があるのか?そういう情報が学生諸君の「本音」の判断の基準として、どれほどの有効性を持っているのかということです。
「みんなでいっしょに○○研究室へ行こう」みたいな流れで決まっていくんだったら、現在のような研究室紹介なんて大して意味を持たないし、長い時間をかけて多くの学生と面談することも大して意味を持たない気がします。
しかし、この問題にあまりこだわりすぎると、昨年教育課程論研究室を選んでくれた7人の皆さんの「選択の主体性」を今になって疑っているかのように誤解されるかもしれませんが、そういうつもりは決してありません。
ただ、自分自身クラス担任という立場から、研究室決定の時点でこれから2年間でやっていきたいことについて不明確さを残している人にも、これまで2年間でその人のある程度のことがわかっているから、「うちに来てやってみる?」「うちに来てやってごらん」と働きかけたことはあります。55期に限らず、50期、42期を担任した時にも、そういうことがありました。そういう意味では、同期生が担任の研究室に集まることをある程度後押ししたとも言えます。
ただ、今回の研究室決定結果を見ると、一部を除いて必ずしも担任の所に集まったわけではないようですね。
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