新着順:1/47 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

新佐野乾山は論争する意味などなし の件まとめ

 投稿者:ケイさん  投稿日:2016年 1月10日(日)00時17分18秒
  通報
  新佐野乾山は論争する意味などなし
投稿者:みやび 投稿日:2010年 1月20日(水)16時45分29秒   通報 編集済

(佐野乾山について)一言言わせて頂きます。この論争についてはもう決着がついています。何故なら、栃木県に於いて発見されたと言われている一連の作品は、とある方が自作であることを認めており、その口止め料として関係者(業者・古美術商)である斉藤素輝氏に対し、多額のお金を支払ったという事実があるからです。実に斉藤氏はこの資金を基に中野区に豪邸を建てて、静かに余生を送り人知れず(かどうかは分かりませんが)お亡くなりになった訳ですが、以後佐野乾山事件は永年忘れ去られ、闇に葬られていたわけです。この話は私が懇意にしている古美術商から(勿論件の斉藤氏とは同業者であることから旧知の仲であり、本人から直接その旨の話を聞いたそうです。)聞いておりますので間違いはありません。ただ、このような話をいきなりし出すと、やれ、でっち上げだの、斉藤氏がもうこの世にいないからそんな根も葉も無いことがいえるんだ、などの声が聞こえてきそうですが、事実なのだから仕様がありません。それよりも何よりも、新佐野乾山肯定派の住友さんはじめ諸々の方々。あなた方は、現在真作とされている鳴滝、二条丁子屋、そして数少ない入谷、佐野(あなた方が否定している)の作品集、図録をもっと純粋な美術を愛する目で、そしてもっと公正な立場で(反対派への憎悪などは抜きにして)見てください。そして焼き物だけではなく(また、乾山・光琳の作品だけではなく)全ての時代のあらゆる日本の美術品を良く見てください。あなた方の支持する新佐野乾山がいかにその美術の流れに沿っていない下劣なものであるかを。また、乾山の美意識が反映されていないものであるかということを。仮に乾山がパブロ・ピカソのように劇的にその作風を変えたのだとしても、結果、断じてこのような作風にはならないものだということを。
最後に決定的なことを言いましょうか。乾山が江戸に下った69歳の時点で尾形光琳はすでにこの世の人ではなく、住友さん所持の乾山・光琳合作などは当然、佐野時代で存在するはずなど無いのです!いい加減目を覚ましてください!


真贋はうやむやにせず徹底的に議論すべき
投稿者:ケイさん 投稿日:2010年 1月24日(日)02時47分8秒 編集済

みやびさん、書き込みありがとうございます。

しばらく掲示板は覗いていなかったので、レスが遅れて申し訳ありません。
斉藤素輝氏がらみの話、ありがとうございます。しかし、申し訳ありませんが、その種の話はいろいろと私も耳に入っていますが、私は疑問を持っています。
例えば、中野に豪邸が建つほどのお金が「佐野乾山」で動いていますか?
「佐野乾山」は売れたとしても住友氏が何かの本で言っていたように「ニセモノ」としてしか買う人はいませんので二足三文の値段です。

あと、誤解があるようですが、私はHPで何度も書いているように「佐野乾山」事件当時の森川氏、バーナード・リーチ氏が認めた「佐野乾山」で議論すべきだと思っています。ですので、住友氏が所有しているものに関しては、その次に順を追って議論すべきだと思っています。(そうしないと論争当時の議論と話が噛み合いません)

私は森川氏の「佐野乾山」に関する真贋議論が十分になされないまま現状に至っていることが問題だと思っているのです。十分に議論をした結果が贋作であるなら贋作でも良いと思っています。もしみやびさんが書かれたことが本当であるのなら、それをきちんと表に出して検証して議論すべきだと思います。


乾山・光琳の合作
投稿者:ケイさん 投稿日:2010年 2月 9日(火)00時19分5秒 編集済

みやびさん

>最後に決定的なことを言いましょうか。乾山が江戸に下った69歳の時点で尾形光琳は
>すでにこの世の人ではなく、住友さん所持の乾山・光琳合作などは当然、佐野時代で
>存在するはずなど無いのです!いい加減目を覚ましてください!

この意味が良く分からないのですが、乾山・光琳合作の「佐野乾山」を住友さんが所有しているという意味でしょうか? もしそれが本当ならあり得ないことです。

しかし、私が住友さんの本を読んだ限りでは、氏の所有されている乾山・光琳合作は、「佐野乾山」ではありません。氏の説によるとこれらは、鳴滝窯に先立つ二条綱平公のお庭焼きである仁寿窯の作品となっています。この仮説に関しては、ほとんど議論がされていませんので私も良く分かりません。
しかし、乾山が江戸、そして佐野に下った時に手ぶらで行ったとは思えません。当然、自分の力量を示すために鳴滝窯時代などの気に入った作品を携えて行ったと考えるのが自然ではないでしょうか?
したがって、佐野から乾山・光琳合作の作品が見つかってもおかしくはないと思います。(当然これは「佐野乾山」ではありません)


みやびさんへ質問です
投稿者:ケイさん 投稿日:2010年 2月21日(日)01時13分33秒 編集済

>新佐野乾山肯定派の住友さんはじめ諸々の方々。あなた方は、現在真作とされている
>鳴滝、二条丁子屋、そして数少ない入谷、佐野(あなた方が否定している)の作品集、
>図録をもっと純粋な美術を愛する目で、そしてもっと公正な立場で(反対派への憎悪
>などは抜きにして)見てください。

私は乾山に関しては、良く見ているつもりです。図録などを見ても、良いものもあるし悪い(という言い方が悪ければ好きでない)ものもあります。本当に乾山の作品か?と思うものもかなりありますよね?

>そして焼き物だけではなく(また、乾山・光琳の作品だけではなく)全ての時代のあらゆ
>る日本の美術品を良く見てください。あなた方の支持する新佐野乾山がいかにその美術の
>流れに沿っていない下劣なものであるかを。

みやびさんは、どの佐野乾山を見て「下劣」というようなことを言っているでしょうか?
森川さんの集めた作品をご覧になったことがあるのですか?
 
》記事一覧表示

新着順:1/47 《前のページ | 次のページ》
/47