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松本清張氏「泥の中の佐野乾山」

 投稿者:ケイさん  投稿日:2008年10月15日(水)22時57分5秒
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  「佐野乾山」の事件はとても不思議な事件です。というのは、過去の経緯や議論された内容を調べれば調べるほど、「どうしてこれが贋作とされているのだろう?」と思えてくるからです。
佐野乾山事件の渦の中にあった昭和37年、故松本清張氏がこの事件を「芸術新潮」誌上で論じています。
その主張は、

要するに、日本陶磁協会が森川親子憎しの感情と、佐野乾山が出れば市価に響くという利害的な関係から、これの否定に総動員でかかっているとすれば、まことに情けない話で、自分のほうは頬かぶりして相手だけを攻撃するのは、まさに大衆には縁のない私闘である。テレビ討論会や新聞紙などの公器による発言など、思い上がりも甚だしいと言わねばならぬ。また、庶民には遠い問題でマスコミも少し騒ぎすぎると思う。

というものです。少し補足しますと、

森川氏は愛知県中島郡の旧家で、父の勘一郎氏は元文部省文化財専門審議委員をつとめていた。古陶器鑑定では第一人者といわれ、息子の勇氏も早大卒業後は古美術研究に凝り、その才腕を買われて、二十七年末から三十年まで約三カ年、文部省文化財委の事務局に嘱託として働いた。(中略)
井伏鱒二氏の小説モデルといわれている「珍品堂主人」の秦秀雄氏は、「森川親子というのは、なにしろ、当代一流の目利きだからね。本当のところ、五人や十人の業者がいっしょになって当たってもかなわないくらいの男だ。それに財力があるから、業者たちに森川に対する怨嗟は非常なものですよ」


要は、業者やその団体である日本陶磁協会は、森川親子を非常に敵視していたということです。清張氏は言います。

新発見の佐野乾山を除いて、いわゆる「乾山」と称せられるものが三百点以上出回っていると思われる。これが陶磁協会側の会員の手から所蔵家やコレクターに納められたり、また業者の所蔵になったりしている。一体、真正乾山なるものが三百点以上もあるものだろうか。これらの乾山ものについて真贋の論議が陶磁協会側では全然なされていない。なぜ、彼らの持っているものに協会は批判を加えないのか。会員や仲間のものならみんないいとでも思っているのか

と主張しています。私も全くその通りだと思います。佐野乾山を批判するのであれば、真作と言われている他の乾山も総ざらいして真贋を鑑定し直すべきだと思います。

最終的な清張氏の結論は、陶器も手控え帖も贋作派の言うような「今出来ではない」としながらも、手控え帳の文字はこれまで知られている乾山の文字とは異なるので、どちらも乾山の弟子が作ったものだろう、というものです。
これに関しては、私はもちろん異論がありますので後で書きます。
 
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