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佐野乾山が贋作にされた理由

 投稿者:ケイさん  投稿日:2008年10月28日(火)23時59分5秒
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  それでは、なぜ佐野乾山は贋作にされたのでしょうか?
私は単純な話だと考えています。それは森川氏の所有している佐野乾山の数が多すぎたからだと思います。

佐野乾山が話題になった当時、真正の乾山(本物と言う意味ではなく、陶磁協会が認めていたもの)は300個くらいだったということです。(松本清張氏説)本物が300個しかないにもかかわらず、目利きである森川氏が200個以上の佐野乾山を所有していたわけです。当時目利きとして知られていた森川氏ですから、氏から佐野乾山が売りに出された場合、市場でも本物として通ってしまいます。すなわち、真正の乾山(しつこいようですが、本物という意味ではありません)が300個しかないということで、希少価値を含めてほぼ決まっていた乾山の価格が、佐野乾山が加わることによって大きな影響を受けることは目に見えています。(2倍近くの物が市場に出てくる可能性がある訳ですから...)
もちろん、落合氏が指摘するように佐那具陶研での乾山の大量倣造の問題もあるでしょうが、もしそれがなかったとしても市場価格に大きなインパクトを与える大量な数が問題になっていたと思います。

また、佐野乾山を所有していたのが、本物を見抜く目利きであった森川氏でなければこんな大騒ぎにはならなかったと私は思います。というのは、所有者が森川氏でなければ、本物の佐野乾山だとは誰も信用しないからです。市場に出ても、骨董屋の親爺さんに「あ~、こりゃダメだね!」の一言で葬り去られてしまっていたでしょう。
実際には、目利きである森川親子、林屋晴三氏(東京国立博物館)、藤岡了一氏(京都国立博物館工芸室長)など、そうそうたるメンバーが本物だと主張したのですから、なりふり構わず徹底的に否定する必要が生じたのでしょう。

それでは、仮に森川氏の所有している佐野乾山が5,6個だったらどうだったでしょう? 恐らく、それほど問題にならずに本物に認定されていたような気がします。
例えば、光琳の肖像画(中村内蔵助像:重要文化財)や乾山の角皿(色絵桔梗図大角皿など)3枚を古道具屋から見出した青柳瑞穂氏の場合は、比較的すんなりと真正光琳、乾山として認められています。それも数が少なかったからだと思います。年に2,3個の発見であれば、市場価格や学説の大勢に影響がないからです。
 
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