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真正乾山とは?

 投稿者:ケイさん  投稿日:2008年11月11日(火)23時52分24秒
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  ”珍品堂主人” 秦 秀雄氏が1962年の芸術新潮で佐野乾山に関して述べています。
なんの、かんのといっているけれど、文化財委、陶磁協会、そして全国の道具屋さんはグルになっているんですよ。その組織の力で、ニセモノだ、ニセモノだと騒がれては、たまったものじゃない。これはもう”暴力”ですよ。
さらに続きます。
これは陶磁協会の機関紙ですよ。この雑誌の口絵にのせている乾山は、いわば協会ご推薦の乾山だ。ところが、どうです。その八割はニセモノばかりだ。(1954年5月に出した<乾山特集号>の54点のうち、40点ちかくはニセモノだという意味)協会の理事諸君で、いい乾山を持っているという人があるなら、見せてほしい。いや協会につながる業者のところでも、まず乾山銘のあるものの9割はニセモノと断言していい。僕は彼らに乾山を論ずる資格なしと決めつけたい。

また、発見者である森川勇氏は言います。
「佐野乾山」反対論者は必ず従来の「真正乾山」とくらべて筆致が違いすぎる、という。だが私に言わせれば従来、「真正乾山」として通ってきたもののうちにこそ価値のないものが混じっているのであって、それと「佐野乾山」をくらべて、筆致が違いすぎるといわれても、当惑せざるをえないのである。(中略)
京都時代ではまず光琳の絵つけ落款、乾山の賛あるいは落款による合作物をあげるのは誰しも異論のないところだろうが、そうした作品にしたためられた乾山の書(いずれをみても自信に満ちた書風である)と同時代の乾山自画自賛の作品として通っているものの書をくらべてみると、大部分は玉と瓦ほどの差が判然としている。


この二人の指している「真正乾山」がどのようなものかは私も分かりません。しかし最近、「佐野乾山」事件前後の年に発行された陶磁協会の機関誌である「陶説」を数十冊見る機会がありました。それには、乾山の作品がしばしば写真で紹介されているのですが、そのほとんどは最近の乾山の本、展覧会の図録では見ることのないものばかりでした。素人の私にその真贋は分かりませんが、すくなくとも当時話題となった「佐野乾山」の方が良いもののように思えました。
 
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